ロシアのフェイスタイム禁止は検閲ではなく戦略である

この記事は、ロシア当局によるFaceTime(Appleの通話・ビデオ通話機能)の制限を「単純な検閲」ではなく、暗号化された通信を国家が管理可能な形に“曲げる”ための、より広い戦略の一部として捉えるべきだ、という観点から論じている。1) ロシアは何を決めたのか

ロシアの通信規制当局Roskomnadzorが、FaceTimeの利用をブロック(制限)したとされる。理由としては、外国技術が違法行為に使われることへの対策という位置づけが示されている。
そのため外部では「検閲」「表現やプライバシー抑圧」と批判されがちだが、筆者は、より広い政策・安全保障上の設計意図に着目する。

2) 単発ではなく「暗号化通信の主導権争い」の一部

筆者は、ロシアの決定は孤立した例ではなく、英国、インド、EU、中国などでも見られる「暗号化通信を国家安全保障の要請に合わせて従わせる」動きの延長線上にあると整理する。
具体例として、インドでの端末追跡アプリ/GPS保存をめぐる要請、英国政府による暗号化データへのアクセス要求(Appleが拒否した、と筆者は記述)、中国のApp Store上での一部メッセージングアプリ排除、フランスをめぐるTelegram関連の動き、EUの「chat control」議論などを列挙している。

3) 暗号化をめぐる「矛盾」:犯罪対策と一般向けツール

2018〜2021年にかけて、組織犯罪で利用されていた暗号化通信基盤(EncroChat、Sky ECC)が捜査で解体された事例を取り上げる。 (
その際、基盤運営者が“利用者の犯罪”に加担したと評価され得る、という発想が出てくる一方で、同等の秘匿性を提供するスマートフォンやアプリの製造者に同じ論理をどこまで適用するのか、という問題が残る—という構図を示す。

4) 典型例:2016年のApple対FBI(iPhoneロック解除)

2016年のAppleとFBIの対立(捜査目的でOSの保護を弱めることをAppleが拒否した争点)を「象徴的」として参照し、国家が制御できない通信・端末保護の“自由な提供”に限界を設けるべきか、という論点が繰り返し現れると述べる。

5) 犯罪対策の物語が「国家安全保障・防衛」に接続される

筆者は、ロシアの決定は、犯罪予防を法的根拠として掲げつつ、実際には国家安全保障・防衛戦略に必要な包括的管理を正当化する流れの中にあると位置づける。
また、本来は「予防」「取り締まり」「防衛」「安全保障」の境界があるはずだが、その境界が(国によっては)曖昧化・消去されやすく、法の支配を前提とする体制でも、特別法や憲法上の例外要件が満たしにくい状況では、犯罪対策の語りが“より広い帰結”を伴う政策の根拠に使われる、と論じる。

6) 副作用:米ビッグテック排除と、中国側の利得の可能性

ロシアの措置や、インド・EUの政策姿勢が積み重なると、米国ビッグテックにとって市場が閉じる(または一部遮断される)可能性が出る、と指摘する。
その結果として、西側企業の競争圧力が弱まることで中国企業が有利になり、地域によっては中国の影響力が拡張し得る、という地経学的リスクを提示している。

7) 結論:争点は「技術主権(テクノロジー統治)の奪還」

筆者の結論は、FaceTime制限は、通信安全保障をめぐる戦略ゲームが「自国の脆弱性領域をどう制御するか」という地平で進んでいることを再確認させる、というもの。
ロシアはより直接的に遮断し、他国はより複雑な手段を取るが、目標は共通しており、長年ビッグテックの私的ガバナンスに委ねられてきた領域を、公的領域へ引き戻す(国家が統治可能な形に再編する)点にある、とまとめている

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